山行記録 2024年 No.5 |
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4月17日(水)~18(木) 避難小屋泊山行 | |
三岩岳から会津駒ヶ岳 バリエーションコース |
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アクセス・コースタイム |
![]() 例年だと5月の連休でも残雪が残る尾根が、ヤブ漕ぎの方が多いのではないかという人もいる。 三岩岳から駒ヶ岳の尾根には一般道はない。 以前から残雪の時に歩きたいと考えていた。 天候と、2日間の休みとが合致したこのタイミングで、その願いは叶えられた。 |
4月17日(水) まだ夜が開けぬ朝5時前、地元駅で始発電車に乗る。 今日は晴れ、風も無い。絶好の山日和になると、この時は予測していた。 東武線に乗換え、車窓からぼんやり眺める田んぼには水が張られ、田植えが始まっている。 道端の菜ノ花の黄色も、田園風景に春を感じさせる。 桜が満開だ。日光市内は、今が春だ。 ![]() 東武線の終点 新藤原駅で野岩鉄道に乗り換える。 ここでは季節が逆戻り、新緑もまばらになり、花もまだ蕾だ。 野岩鉄道は半分以上がトンネルだといわれている。 県境の山王峠のトンネルを抜けると野岩鉄道の終点、会津高原尾瀬口駅に到着する。 やっと福島県に入った。 ![]() この駅も、尾瀬の登山シーズン意外は観光客も少ない。 平日だったこともあり、下車したのは二人だけだった。 改札を出て階段を降り、バス停にザックを降ろす。 土産物店「憩の家」で、家へのお土産を事前調査しておく。 カミさんが好きな「ゆべし」と、山菜の天ぷらに合う蕎麦に決める。 ![]() ![]() バスは早めに来た。乗り込んで運転手さんに、バス停ではないが登山口で降ろして欲しいと頼む。 出発を待つうちに、雨が降り出しフロントガラスを濡らす。 自分一人を乗せたバスは、定刻9時40分に出発する。 中山トンネルを抜けると、雪を残した山が見え始める。 バスは途中、七ヶ岳の麓、たかつえスキー場に寄り道する。 その手前、井桁バス停を通過する。井桁とうふは、シャッターが閉まっていた。 店じまいしたのか心配になる。 店の脇の駐車場には、赤いトヨタ86が停まっていた。 ![]() バスは折り返し、国道に戻る。 下り坂だからフロントガラスに正面の雪山が広がる。燧ではないだろうか。 ![]() バスは山間の民家をつないで走る。 高畑スキー場を過ぎると民家も途絶え、山の谷間を縫うように走る。 あずき温泉バス停の少し手前でバスを降りる。 三岩岳の登山口を示す国体コースの看板がある。 ![]() ![]() バスを降りるとすぐに会社の携帯が鳴った。 仕事の電話で、気が滅入る。 気を取り直し、11時10分、重いザックを背負い出発する。 茶色いブナの落葉が敷き詰められた急な斜面を登る。 ![]() ![]() 20分程で無線基地局がある小ピークに着く。 天気は曇り、風が肌寒い。 ![]() 道の脇には可憐なピンク色のイワウチワが満開だ。 他にもシャクナゲやブナが多い。 ![]() ![]() その先、緩い尾根を進むとポイント899に着く。 そこはモミの木の間から雪の三岩岳の東の斜面を臨める。 岩場が黒く、雪とのコントラストがきれいだ。 風が強くなり、もの寂しいが、鳥の鳴き声が励ましてくれる。 この先も緩い登り尾根が続く。 ![]() ![]() 歩き始めて1時間、急登の手前に着く。ここで一本取る。 急傾斜の道にはロープが掛かっている。 道は、真っすぐ青空に向かっているようだ。 ![]() ![]() 20分ほど登ると一旦平坦になり、やっと雪が現れる。 落葉に残った雪は滑りやすく歩き難い。 ![]() 徐々に雪が増え、標高1080メートルからはもう土は見られなくなる。 ![]() 1時間ほど急な斜面を登ると、平坦な広い尾根になる。 左手(西側)には三岩岳、右手(北側)には家向山が見える。 その間には、窓明山があるが、ここからは尾根に隠れて見られない。 残雪が増えてくる。ツリーホールを見ると積雪は50センチぐらいだろうか。 日差しまぶしい。 ![]() ![]() こんもりとしたポイント1308を通過すると狭いコルになり、その先でまた登りが始まる。 ![]() ![]() ![]() この後も登りが続くので、せっかく持ってきたスノースーを付ける。 登りにはヒールアップ機能がありがたい。 ![]() ![]() 登りは長いが、振り返る南の景色が良いので癒やされる。 ![]() ひたすら登る。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 標高1540メートル付近で、大きなカバの木が折れて倒れていた。 折れた幹を見ると半分ボクになっていた。 折れた木はやがて朽ちて、また樹々の栄養となって新しい子孫の糧となる。 自分もそうありたい。 ![]() その先も、まだ登りが続く。 ![]() ![]() 標高1600メートルには少しブッシュがあって、ここから尾根の向きが変わる。 三岩岳の岩は見えるが、山頂はガスに隠れている。 風のせいか、それとも気温が下がってきたのか、肌寒くなってきたので雨具を着る。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 標高差100メートル登るとポイント1699だ。 この先でやっと傾斜が緩み、シラビソやモミの樹が多くなる。 ![]() 樹々を縫うように進む。 踏跡はあるが、尾根が広いのであちこちに踏跡があり、コースを間違わないよう注意する。 ![]() 西に傾いた日差しが尾根と同じ角度で差してきた。 ![]() ![]() 標高差1000メートルがきつかったのか、寝不足のせいか、足がきつくなった。 そんな気持ちで歩いていたら、黒い屋根が見えた。 三岩避難小屋だ。 ![]() 入口が塞がっていたら、スコップで掘らなければならないと思っていたら、小窓の前が除雪されていた。 中に入る。誰もいない。 入口のドアは雪に埋まっている。他の窓も埋まっていて真っ暗だ。 ![]() ![]() 残置の銀マットを敷いて今夜の寝場所を作る。 きれいな雪を袋に詰め、さっそく水作りから始める。 今夜の夕食は、早ゆでマカロニにガーリック味のパスタソース。 そしてアルファ米の五目ご飯だ。 最近、このパターンが多い。 ![]() 避難小屋にはよくあるノートがここにもあった。 以前(2021年9月)三岩岳から窓明山へ馬蹄型に歩いた時、ここに泊まってノートに一言書いたのが残っていた。 ページをめくっていくと驚いたことに、山田さんの書き込みがあった。 去年の5月、自分が今回計画したコースの逆を歩いたようだ。 さらにその年の秋にも、自分が3年前に歩いた馬蹄型のコースを逆歩いたようだ。 次のページには、愛車2CVで来れなかった理由が長々と書かれていた。 まったくビックした。 夜はよく眠れなかった。体は疲れているのに。 原因は小動物が板の間を駆け抜ける足音だ。 「カタ、カタ、カタ」 ネズミかヤマネくらいの小動物だろうか。 食料やシュラフをかじられたらいやだ。 起きてライトを点け、声を出して威嚇しても、10分もするとまた「カタ、カタ」と。 2、3回それを繰り返すとこっちが根負けして、日付が変わったころ眠りについてしまった。 4月18日(木) 2時に起き、袋麺の塩ラーメンを作る。 今日、早出したのには訳がある。バスの時間だ。 コースの長さから駒ヶ岳まで5時間、下山に3時間と読んだ。 バスは13時7分。そのあとは15時42分、できれば13時のバスで帰りたい。 だから早起きをした。 3時半過ぎ、まだ暗い中をライトを点け、スノーシューを履いて出発する。 ![]() 避難小屋を出てシラビソの林の中、ライトを照らし雪原の斜面を登る。 斜面は広く、踏跡いくつもあり迷う。 コンパスと地図を信じて南南西に進む。 ![]() 薄明るくなると、稜線の近くにいた。左手が三ッ岩だ。 ![]() 避難小屋を出て50分、稜線にの乗る。風が強い。 稜線からは、背の低いダケカンバの中を進む。 左前方には、駒ヶ岳への稜線が見渡せる。 左手の下には、大戸沢側は雲に埋まていた。 ![]() 平坦な稜線を進むと山頂が見えてきた。 4時32分、三岩岳 2065.2メートルの山頂に到着。 まだ薄暗く、風が少しある。 雲は低く垂れこみ、東の雲が、ほんの少しオレンジに色付いている。 ![]() ![]() ![]() ![]() 山頂で写真を撮ったら駒ヶ岳に向けて先を進む。 山頂の西の端までは平らな稜線を進み、そこから下りにかかる。 ![]() ![]() 下りになると、その先、残雪の稜線が見渡せる。すばらしい景色だ。 大戸沢岳から先、駒ヶ岳は低い雲に隠れている。 ![]() 広いコルまで下る。 左手(南側)の沢への斜面は雪で一杯だ。 太陽は顔を出さないが、東の空だけ暖色になる。 ![]() 振り向いて三岩岳 ![]() ![]() ポイント2060の登り ![]() 5時を過ぎてポイント2060に着く。 沢の音、鳥の声が心地良い。 ![]() その先は、次のポイント2057まで平坦な稜線が続く。 快適な残雪歩き。 ![]() 振り返れば三岩岳の山頂が見える。 その右に太陽が顔を出した。最高の景色だ。 これだから、春、残雪の山はやめられない。 やっぱり山は朝早くが良い。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 緩い傾斜を少し登り、5時半少し前、ポイント2057に着く。 稜線は狭くなり、南面の雪庇は崩れ大きく口が開き笹原を見せている。 風が強くなり、太陽も雲に隠れてしまった。 ![]() ![]() ![]() ポイント2057からポイント1918のコルまで標高差100メートルほど下る。 ![]() 途中で陽が差してくる。天候が回復する兆しだ。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 崩壊が始まった雪庇を除け、少し樹林の中を歩く。 ![]() 6時、ポイント1918のコルに着く。 振り向くと、下ってきた稜線の崩壊が始まった雪面が春らしい。 この先、日に日に雪庇が切れ、どこもかしこも緑の斜面が見えてくることだろう。 ![]() ![]() コルから、大戸沢岳に向けてシラビソの林の中を登る。 ただの雪原も良いが、樹林の中も変化があって良い。 シラビソは、登るにつれだんだん背が低くなる。 ![]() ![]() ![]() 傾斜が緩み、ピークかと思ったら偽ピークだった。 ![]() 次に高いと思ったところもピークではなかった。 向こうの方が少し高そうだ。 ![]() 7時、大戸沢岳 2098メートルの山頂に到着。 山名板などは無い。 駒ヶ岳までの3分の2を歩いた。 ![]() 西に、駒ヶ岳への稜線が見渡せる。 駒の山頂だけが雲に隠れている。 標高の低い中門岳の稜線は見える。 ![]() (振り向いて、左:三岩岳、右:大戸沢岳) ![]() 左手(南側)は雪の斜面、右手(北側)は樹林帯と、非対称はこの山域の特徴だ。 そして樹木は凍てつく氷点下の風に耐え、背が低く風下にか枝がない。 ![]() 左手(南側)の雪庇は崩壊が始まり、大きな亀裂に注意しながら歩く。 ![]() 7時40分、ポイント2098に到着。 中門岳のような高層湿原の稜線も、今は1メートル以上の雪の下だろう。 ![]() ポイント2098と通過すると、正面左、尾根の下に駒ノ小屋が見る。 ![]() 陽が昇ってきたからなのか、それとも黄砂の影響か、駒ヶ岳までの稜線が黄ばんで見える。 ![]() さあ、駒ヶ岳までのビクトリーロードを歩く。 いつの間にか山頂の雲は晴れ、青空も見える。 山頂の向こうには、尾瀬の燧ヶ岳が春霞の中に見ることができる。 ![]() ![]() ![]() ![]() 最後の登り、ピークの先は青空だ。 ![]() ![]() 8時15分、駒ヶ岳 2132.6メートルの山頂に到着。 山名が彫られた丸太は、半分以上が雪に埋もれている。 ![]() しばし山座同定を楽しむ。 南の山はガスで見えない。 西は、大津峡峠、燧ヶ岳に延びる雪の稜線が見える。 ![]() 北には、中門岳に続く尾根。 その右には、窓明山からつながる丸山岳への稜線も見える。 その向こうの会津朝日岳は、霞で判別できない。 ![]() ![]() ![]() 東を見れば、今朝歩いてきた三岩岳までの稜線が朝日を浴びてきれいに見える。 ![]() 下山路の駒ノ家への尾根は、スキー場のゲレンデみたいにきれいな蛇行を画いている。 ![]() 駒ノ家の手前で、登山者3人とすれ違う。 みんな日帰り軽装で、早いペースで登っていく。 ![]() ![]() 8時45分、駒ノ小屋に到着。 もちろん今はクローズ。小屋開けは4月下旬だろうか。 北西からの風を受け、小屋の南東は雪で埋まっている。 ここからは一般道を下るが、もちろん夏道は雪の下。 何人ものトレースがあるので、それを信じて下る。 ![]() 駒ノ小屋から山頂を振り返る ![]() 小屋を過ぎてからも2名の登山者、樹林帯に入ってからも3名の登山者とすれ違った。 自分は、5、60リッターのザックを背負っているので、すれ違う人みんなどこから来たのと聞いてくる。 ![]() ポイント1990を通過したあたりで樹林帯に吸い込まれる。 あとは長い雪の下り。 朝からずうっとスノーシューを履いたまま。 下りも、行けるところまでスノーシューで下る。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 10時半ごろ、かなり下った標高は1480メートル付近で、スノーシューを外す。 この先も、時々雪が残っていて、滑りやすく難儀した。 ![]() 「国民の森林・国有林」も看板に着いたら登山口は近い。 ![]() 11時過ぎ、登山口の階段に着いた。 ここから林道を下る。 ![]() ![]() 途中、駐車場を除雪作業がされていた。 山はこれからがシーズンだ。 ![]() 途中、フキノトウがたくさんあったので、少し分けもらった。 翌日、天ぷらにして、土産物店で買った蕎麦と一緒に食べた。 林道を30分ほど歩くと、黄色いテープが見えてきた。 簡易なゲートだ。 11時45分、国道の手前、トイレに着いた。 水道があったので、ここで靴の汚れを落とす。 念のため、トイレは冬季クローズだ。 ![]() 国道に着くと、すぐ前に駒ヶ岳登山口のバス停がある。 そして日帰り温泉を紹介する案内板もある。 ただし、シーズン前は閉まっている可能性があるので事前確認が必要だ。 この時も、アルザの湯は閉まっていた。 ![]() ![]() 今朝、早起きして出発した甲斐があって、予定より1時間早く到着できた。 そこで食事をしたいと考え、以前食べたことのある蕎麦屋に向かう。 途中で地元の方に「截ちそば まる屋」のことを尋ねる。 しかし、シーズン前でやっていないかもとのこと。 代わりに紹介してもらったのは「尾瀬の郷交流センター」。 それは反対方向だ。 ザックの重さで肩が痛かったが、我慢して歩く。 15分ほどすると、その建物と目の前のスキー場が見えてきた。 ![]() ![]() 「尾瀬の郷交流センター」は新しい建物で、食事処はお昼時で混んでいた。 メニューも豊富だ。 蕎麦はうちに帰って食べるので、お奨めの天重をいただいた。 ![]() 「尾瀬の郷交流センター」の前が「道の駅尾瀬檜枝岐前」バス停だ。 時々車が通る以外なにもない。 風の音、鳥の声、沢の音、それだけだ。 13時9分発のバスは遅れてやってきた。 会津高原尾瀬口駅の手前には、日帰り温泉「夢の湯」がある。 しかし、今日は、のれんが仕舞われていた。 どこもシーズン前は休みのようだ。 接続する電車は、15時20分発のリバティ浅草行き。 土産物を買う時間を見越したようなタイミングで駅に着く。 リバティには、特急券が不要な新藤原駅まで乗って、あとはいつものように普通電車で帰った。 ![]() |
【編集後記】 山小屋のノートは、おもしろい。 山田さんの書き込み、山の好みが似ていいるとはいえ、偶然過ぎる。 びっくりである。 山に2CVで来られなかった理由がおもしろい。 地蜂がキャブレター内に巣を作り、エンジンが掛からなくなったからだ。 ( ^^) _旦~~ |
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