山行記録 2015年 No.10
8月8日(金)〜10日(日) テント1泊山行

東北 羽後朝日岳(1376m)ヤブ山
 

アクセス・コースタイム
 
8/7(金)
車:青梅[5:00発]−ほっとゆだ駅[13:00着]−途中、買出し−
    −貝沢[17:00着](ベースキャンプ)
8/8(土)
徒歩:貝沢(ベースキャンプ)[3:30出]−登山口[3:38]−770m分岐[4:25着/4:30出]−
    −前山分岐[5:00着/5:05発]−沢尻岳[6:00着/6:05発]−
    −大荒沢岳[6:40着(朝食)7:10出]−コル[8:25頃通過]−
    −露岩[9:35着/9:40出]−1300mの肩[10:15着/10:20発]−
    −羽後朝日岳[10:45着(昼食)12:00発]−
    −大荒沢岳[14:40着/15:00出] −貝沢(ベースキャンプ)[17:00着]
車:貝沢(ベースキャンプ)[17:25発]−鶯宿温泉[18:20着]
    かどや旅館 素泊まり 2,500円
8/9(日)
車:鶯宿温泉[8:00発]−盛岡駅[9:00着]−途中、土産・朝食−
    −久喜[18:00着](一人電車で解散)
 

 
猛烈なヤブが終わると、山頂の下30mは草付になっていた。
体中の筋肉は疲労困ぱいし、蒸し暑さも重なって頭の中まで疲れ果ててしまった。
もうそこが山頂だと思ったとき、先頭を歩いていた山田さんが「みんなで一緒に山頂に」と声が掛かった。
「やっと着いた」と思ったのと同時に「なんて気遣いのできる人だろう」と素直に感じた。
10時40分、マイナー12名山「羽後朝日岳」1376mの山頂に立った。
山頂には地元の有志が担ぎ上げた石標がある。
サミッター3人で同時にタッチした。そして3人で固い握手をした。
山田さんが嬉しそうに「やったー、やったよー。ついにやった。」と感動している。
山頂には、ハクサンフウロやツリガネニンジン、シオガマ、ノアザミ、マルバダケブキ、トラノオ、ミヤマシシウド、ウルップソウなどの高山植物が咲き乱れ、自分たちを迎えてくれた。
振り返って今登ってきた道のない尾根を深く見つめる3人だった。
 

 

 
 
話しは今から1年前に遡る。
休日でも登る人の少ない武蔵五日市は「金比羅尾根」の外れ、標高も631.9mしかない「白岩山」のピークで、それも平日の水曜日にばったり会ったのが山田さんだった。
山田さんと一緒に登った山は、このときを含め3回だが、メジャーな山には見向きもしないバリエーション好きという共通点ですっかり意気投合し、以後、大の山友達になった。
今回のエクスペディションは、その山田さんから電話に始まった。
 
「5月の連休に西会津の毛猛山に行ったけど、時間切れで途中敗退したよ。
来年、一緒に行かない。ところでマイナー12名山って知ってる。
その一つで東北に「羽後朝日岳」っていう山があって、梅雨明けに行こうと思って・・・」
 
聞けば知る人も少ないヤブ山。しかも誰でも登れる山ではないと言うところに引かれ、二つ返事で計画に乗った。
 
山田さんの計画はこうだ。
まず1日目は車で登山口のある林道終点まで行きテント泊。
2日目、早発ちして稜線を辿り、「大荒沢岳」まで行き、そこからヤブこぎ。
羽後朝日岳のピークを極めピストンで戻る。
その日にうちに近くの湯治場:鶯宿温泉の宿に泊まる。
3日目に東京に戻る。
 
今回、3人目のメンバー立川さんは、山田さんの同僚だ。
山は最近、本格的に登り始め、山田さんもまだ一緒に歩いたことがないと言う。
そこでチーム作りに6月8日、日帰り山行を計画し、このエクスペディションに3人で行くことに問題ないことを確認してきた。
 
一つ問題は日程だった。
3日間休みが必要なので3人の都合と、天候をみながら決めなければならなかった。
そこで、梅雨明け、7月下旬から8月上旬の週末前後を予定日とした。
今年は台風が早くに発生し、梅雨がいつ明けるかなかなか読めなかった。
そして梅雨が明けると、今度は急激な猛暑。連日35度を超える真夏日が続いた。
東京から500kmも離れている東北の天気は、週間予報を見てもころころ変わり、最後は曇りのち晴れ、夜中に一時雨の予想に賭け、前日、山田さんの自宅に前乗りした。
 
キャラバン出発の朝5時、立川さんの車に乗り込み、久喜から東北道に入った。
途中、山田さんの奥さんが作ってくれたオニギリで朝食。
車は3人で交代しようと決めていたので、順番に運転を代わる。
山田さんのまじめな山の話、雑学にうなずき、破天荒な話に大笑いしながら、長いキャラバンは続いた。

 
途中、窓から見える山は、東北の山を登り尽くした山田さんの解説付きだ。
車は渋滞にも巻き込まれず、順調に走ってくれた。

 
岩手県に入り「北上JC」から秋田自動車道に移る。
すると「錦秋湖」周辺の土砂崩れがあって、国道が通行止めとの情報が入り心配したが、降りるICの前で問題なかった。
 
「湯田IC」で高速を降り、山田さんお奨めのJR大船渡線、「ほっとゆだ駅」に向かった。

 
まずは駅前のそば屋で腹ごしらえし、駅に併設されている温泉で汗を流した。
駅に温泉があるところは日本に18箇所あるそうだが、駅舎内となると9箇所だけだそうだ。
広い浴槽で、湯温は高かった。壁には、線路にあるのと同じ信号機が付いていて、日に10本程度の列車が近付くと、黄色から赤に変わる、とてものどかな仕組みだ。

 

 
「ほっとゆだ駅」を出ると次は買出し。3食分の食事と酒の肴を地元調達する。
事前にネットで調べた「湯元温泉」にある、スーパー「オセン」に向かう。
そこそこ大きなスーパーで、特に野菜と魚が安かった。
酒の肴には、アジとカツオの刺身を買い、氷を分けてもらい車に積み込んだ。
いよいよベースキャンプの「貝沢」の部落に向かう。
16時を過ぎてもまだ暑い。途中、車にも食糧(ガソリン)を入れ、小さな商店で道を確かめ、林道に入る。

 
花の「桔梗」を作る農家が数軒続き、最後の民家を過ぎると、車の腹を着く程のわだち道。
立川さんが慎重に、ゆっくりと車を走らせる。
ナラの林に変わると、先住民のアブの大群に包囲される。
窓を開けていたので車内に入りこまれ攻撃に遭う。山田さんの説明では、東北で良く見かける「メジロアブ」と言い、人を刺すらしい。
途中、登山ポストがあったが、そんな状況のため外にも出られず通過する。
 
林道は途中沢を横切るが、普通車では越えられないため、手前の小さな駐車場に車を停め、ここをベースキャンプにする。
アブはしつこく付きまとうので、急いで虫除けスプレー全身に振り撒く。
山田さんはツエルト。立川さんは車中泊。自分はテントを張る。
買出しの食糧、酒を出し、まずは乾杯。
山に来て刺身を食べられるなんて、最高ですね。

 
山田さんより、今回の意気込みが語られ、今回の山行が、オーバーだが命を掛けていることが感じ取れ、「明日は宜しく」と握手を求められ、「もちろん」と返した。
早出にこしたことはないと、アタック出発を30分早め、3時半とした。
しかし、自分はこの時、ヤブがどの程度か分かっておらず、今までの経験から膝か腰くらいの熊笹を想像していた。
だから、時間があればなんとかなる。と、この時はそう思っていた。
1時間もすると予報どおり、ポツポツと降りだして来たので、前夜祭はお開きにして、各自、自分の寝床についた。
猛暑は東京だけではなかった。東北のこの田舎でも暑い。薄手のシュラフももぐることはなかった。

 
翌朝、山田さんの声で起きる。すでにテンション上げ上げ。夜中に起きて牧場まで天の川やイルカ座を見て来たという。
朝食は「大荒沢岳」で取ることにしたので、パッキングを済ませるとすぐに出発した。
ライトを点け予定を早めた3時半に歩きだす。

 
林道を横切る沢を超え、牧場の脇をゆるやかに登る。
牧場の一番上が登山口で、丸太の標識が立っている。ここから急登が始まる。
天気は曇り。昨夜の雨で湿度も高い。歩き始め、すぐに汗が噴き出る。
「クロベ」と呼ばれる檜に似た大木があちらこちら現れ、東北の山深さが感じ取れた。
道はやがてブナの林へと変わる。やっぱり東北の山にはブナが良く似合う。中には直径1mぐらいのもあった。
稜線に近付くと、視界が開け始める。
東の地平線の上がオレンジ色に輝きだした。それでも上空は鉛色の空だ。
約1時間で稜線上770mの分岐に。

 
更に30分で「前山分岐」に到着。ここで一本。そしてライトを仕舞う。
明るくなりはしたが空は曇り。周りはガスで景色さえ見えない。
鳥の鳴き声だけが、疲れを癒してくれる。

 
「前山分岐」を出発すると5m程の溝を横断する。そして湿原跡のブヨブヨな窪地を通過する。
その後は、ブナとダケカンバの林の中、ゆるやかな尾根が続く。

 
標高1150mを超えると乾燥した高層湿原が現れ、ミツガシワの白い花、キンコウカの黄色い花が咲き誇っていた。
時々見られるクルマユリのオレンジ色が鮮やかだ。
 
「前山分岐」から1時間、「沢尻岳」1260mの山頂に到着。
山頂は広く、小石が敷かれたようで、その周りにはハイマツや高山植物が多い。
しかし、ガスで景色は見られなかった。

 
一旦下る。下りきったところが、また、お花畑。紫色のギボシが沢山咲いている。
 
 
乾燥した湿原を登ると、「高下岳(こうげだけ)」ルートと、「大荒沢山岳」との分岐。ここから「大荒沢岳」はすぐだ。
 
 
6時40分、ベースキャンプから約3時間で「大荒沢岳」1312.6mに到着した。ここまで計画通りだ。
山頂は狭く、ダケカンバやクマザサに囲まれ展望はない。ましてや周りは白いガスの中。
いよいよここからヤブこぎが始まる。見回しても登山道はもとより、踏み跡すらない。
どう見ても、ここが終点。
 
 
この時、3人の気持ちは、実は微妙に違っていた。
後で分かったことだが、立川さんは、「こんな所、行くの?」と。
山田さんは念願の山。アドレナリン全開状態。でもリーダーとしての責任も重く考え、慎重さが入り混じった状態。
自分は、「ヤブこぎでも、なんとかなるだろう。」と楽観視していた。
また、山田さんの気持ちを考えると、「マイナー12名山の羽後朝日岳を落としたい。」と、思った。
アタック開始前に、朝食にする。昨日、スーパーで買出しした100円のライスと、カツやアジフライをおかずにする。

 
そして、地図でコンパスを合わせる。しかし、ここでちょっとした問題が発覚。
山田さんが地図を忘れて来た。更に立川さんは、地図もコンパスも忘れて来たことが判明。
 
7時10分、計画通り登山道のない「羽後朝日岳」に向かってアタックを開始した。
 
 
先頭は、ヤブの達人、山田さん。標識の後ろが、気持ち開いているように思える。背丈以上のヤブに山田さんが一歩を踏み出す。クマザサに交じって、ブナやカエデ、ダケカンバやオオカメノキ(ムシカリ)などの灌木が行く手を阻む。
山田さんに続いて立川さんも突入。すぐに二人とも頭しか見えなくなる。
この瞬間、自分が想像していたヤブと違うと気づいた時すでに遅し。二人に続いて自分もヤブに突撃。

 
「ヤブこぎ」とは、良くできた言葉だ。目の前の笹や樹を両手で左右に開き、そこに体を押し出し、まず一歩を踏み出す。確かに漕いでいる。次に笹を踏みつけ、そして、笹に挟まった反対の足を引き抜くようにして踏み出す。その繰り返し。
 
後ろから先頭の山田さんを見ると、ヤブの薄い所があるのにと思い、途中先頭を代るが、ヤブはそんなに甘くなかった。セカンドの比ではないトップは重労働だった。
そんな状況にも関わらず、山田さんは、後続を気遣い、声を掛け、そしてコンパスとプロトレック(高時計)を確認しながら、進行方向を常に気にしている。
 
天候は、「大荒沢岳」を出たとこと同じガスの中。それは、進行方向の尾根を見通せない。ましてやヤブの中。ルート(そもそも道はないのだが)を間違ってしまう可能性をはらんでいる。この時の山田さんの気持ちは、真剣だった。こっちはこっちで、初めてのヤブに必死だった。

 
今回、ヤブに向かっている時は、ガスの中で視界が利かず、その点ではハンディーだったが、逆に晴れていたら、風もないヤブの中、暑くてたまらなかったかもしれない。
ヤブに備えて、長袖シャツはもちろん、手袋はブタ革の分厚いやつ。サウナ状態だ。
汗は滝のように流れ、すぐに体力が奪われるのが分かる。
 
そうこうしていると山田さんが後から、「尾根、もっと右じゃない?」と唸り声。
二人でコンパスと地図とプロトレックを確認する。
トップを山田さんに代わり、標高1230mのコルにたどりつく。
コルと言ってもヤブの中。そのままヤブの尾根を登る。下るだけで1時間15分掛かったことになる。

 
ヤブはまだまだ続く。トップの山田さんは、3mもすればヤブで見えなくなる。
たまにクマザサだけの所になると少しは楽になる。
ヤブこぎをしていると、跳ね返って来た枝が顔に当たる。
クマザサならまだまし。たまに灌木が跳ね返って顔に当たる時がある。
笹の葉で顔を切り。灌木で叩かれる。そしてメガネまで変形する始末。忌々しいヤブ。
 
コルから1時間。露岩が現れる。ここに登って辺りを見回す。
その頃になってガスが晴れた。

そして振り向くと、「大荒沢岳」から今下って来たヤブの尾根が見渡せた。その尾根はなぜかとっても静かだった。
今まで三人を苦しめていたことなど、なんのこと?と、いった雰囲気だ。

 
前方には、「羽後朝日岳」の標高1300m肩が見える。ピークはその奥だ。
南から西には、「高下岳」、「和賀岳」の大きな山容が見える。
露岩から40分。1350mの肩に達した。ここから少し傾斜が緩む。ここで一本。
晴れ間が見えて日が差すと暑くなるが、風もあり心地よい。
 
前方には、こんもりとした草付きのピークが見える。
ここからヤブは、ハイマツやナナカマドが多くなる。
ここのハイマツは、アルプスのと違い、葉の裏が白く、枝が長い。
そしてクマザサに負けないぐらい背が高い。幹に乗って空中を飛ぶように次のハイマツに乗り移ると楽だ。

 
ここで、またハプニング。自分のハイドレーションのバルブと、ザックのショルダーに付けておいたコンパスが、ヤブに引っかけ飛ばしてしまった。
17歳のときに買ったコンパス。数々の想い出があったが、時間を浪費してはみんなにすまないと考え、見切りをつけ、別れを告げる。
 
やっとのことでヤブを抜けると、最後は草付きの急斜面。
乾燥した湿原で、ミツガシワや、キンコウカが沢山咲いている。
そこを登りきると、いよいよピークだ。
 
肩から約30分。「大荒沢岳」から3時間半掛かって、今やっと、そしてついに「羽後朝日岳」1376mのピークに到着した。
 
 
 
 
電波が通じると言って山田さんは奥さんに電話している。
 
山頂の西斜面は、お花畑で、そこに腰掛け、三人、思い思いに写真を撮ったり、昼食にしたり。山田さんは、もう投稿用の原稿を書いている。
 
 
 
 
 
 
 
 
日本酒での祝杯。美味かった。

 
山田さんは、「三人だから出来た。単独だったら「大荒沢岳」で帰っていたかも。ありがとう。」と何度も話す。
そうじゃないんです。山田さんの登りたいという思いが、三人を引っ張ってきたんですヨ。
 
山頂は、360度パノラマ。遠くは、雲を被った「岩手山」と、黒く光る「田沢湖」も見える。

 
山頂での時間はあっという間で、予定に時間を過ぎてしまった。
最後に山田さんがキセルをふかす。三人で記録写真を撮って下山。
12時、下山開始。
 
 
 
さっき登って来たヤブを。あの深いヤブをまたたどる。
ガスが晴れているので道迷いは心配ない。
クマザサのところを選び下るが、尾根を外れ、後ろから山田さんに指摘される。
ヤブこぎのトラバースが、いかに疲れるか、この時、身にしみてわかった。
ヤブのクマザサや灌木は、雪の重みで斜面に倒れているから、斜めにヤブをこぐのは、バランスも悪く体力を使う。そして足元も滑りやすい。
バリエーションルートとヤブこぎの経験豊富な山田さんは、「基本、尾根に忠実」を貫いていた。
楽なことをしようとしても、結局そうならず、何より安全を脅かす可能性に結びついてしまうことを山田さんは経験から身に付けていたのだ。

 
露岩で一本。三人して「羽後朝日岳」を振り返る。「よく登ったなぁ」
 
コルまで下り、次は登りだ。
日が差して暑い。体力も消耗し、集中力もなくなる。
半分ほど登ると、溝状の地形が現れる。旧道ではないかと跡をたどる。
しかし、10mと行かないうちに、また、元のヤブに戻ってしまった。

 
この先も背丈以上のヤブが続く。一時、尾根を見上げられた。尾根の上には青空が広がり、「大荒沢岳」のピークが近いと喜んだ。
しかし、これは勘違いで、山頂の100m手前の肩だった。
たどりついた山田さん、立川さんの反応がない。
二人も続いて灌木を乗り越えると、その意味が分かった。

斜面の向こうには、緩やかなヤブの斜面が、まだまだ続いていた。この時が一番長く感じたかもしれない。
現に、コルから大荒沢岳山頂まで2時間掛かった。
 
14時40分、やっと、やっと「大荒沢岳」に戻って来た。
山田さんは、山頂にあった樹に座りこみ「疲労困ぱいした俺を撮ってくれ。」と、一言。
立川さんも同じだ。
 
 
山頂に着くとアブがうるさく付きまとってきた。
雲が広がり、風が心地よかった。
ヤブこぎ中は気付かなかった鳥の声も聞こえてきた。
俺たちのヤブこぎは、終わった。
 
長い休憩を取り、今度は一般道を使って下山を始める。
なんと歩く速さが違うことか。そんなことに感激する。
計算すると登山道を歩くのに比べ、ヤブこぎは6倍くらい掛かっていた。
 
疲れ果てた体に、登山口までの下りは長かった。
唯一、体力の余っていた立川さんがトップで下り、二人を先導する。
 
途中、「沢尻岳」では、登りの際にガスで見えなかった展望を楽しんだ。
東北の山座同定。東北の山を200以上も登っている山田さんの東北、山談議は尽きない。

 

 
下りながら山田さんは、ずうっと「登れて良かった。」「登れてよかった。」と繰り返していた。
登りに3時間掛けたが、下りは2時間。それほど速くなかったのは仕方ないだろう。
 
自然が美しかったブナの林も見収めだ。
最後、クロベの森を抜け、17時、予定どおりベースキャンプに帰着した。

 
ベースキャンプは、アブのたまり場。
またまた虫除けスプレーを掛けまくり、休む間もなく撤収作業。そして車に乗り込む。
車のタイヤがバーストしそうな石ころだらけの林道をゆっくりゆっくり進む。
 
昨日はアブに囲まれ素通りした登山ポストを山田さんが、登山者名簿が気になると車を降り、チェックした。
驚いたことに、青梅の方が、今年6月に来ていた。
山田さん、立川さんと同じ青梅の登山者が、遠路はるばる、ここまで来るなんて。
もの好きは3人だけではなかった。

そういえば、昨日、スーパーで買出ししていると、青梅のメーカーが出しているチューブ入りわさびを発見してびっくりした。
 
一般道に出て「鶯宿温泉」に向かう。
 
トンネルを抜けるとびっくりしたことが起こった。車の目の前を、親熊が道を横切って行った。山の中でなくて、良かった。ホッ。
 
1時間ほどで「鶯宿温泉」の「カドヤ旅館」に着いた。
「カドヤ旅館」は、「鶯宿温泉」でも2軒しかない自炊の宿。
素泊まり一泊2,500円は、いまどき考えられない。

 
宿の前に車を付けると、自転車の乗った親父さんが声を掛けてきた。
そう、この人こそ、宿のご主人だった。
 
夕食の買出しにスーパーの場所を尋ねると、息子さんは、ローソンが良いと言い、女将さんは、JAのスーパーが6時過ぎには2割引きになるからそこに行けと言う。
結局、両方見て、地の物を仕入れられそうなJAのスーパーで買出しした。
 
宿に戻ると、客は自分達だけとのこと、一番広い2階に部屋に案内された。
早速、源泉掛け流しの温泉に入る。狭い浴槽だが、昭和の匂いがする、懐かしい感じがした。
山田さんの経験から、マダニが付いていないか互いに確認した方が良いと、三人で背中を見合った。
登頂の嬉しさと感動。山田さんは、風呂場でもテンションマックスだった。
「地図読みが良かった。」とか、「心折れずに行けたのは、二人のお陰。」とか。「でも、ヤブ山では、忠実に尾根を辿るべきだ。」とか。
とにかく今日の山の話で長湯をしてしまった。
 
女将さんが、ヤブで真っ黒に汚れた山の服を洗濯してくれるという。
お言葉に甘え、3人分、お願いする。
女将さん、しょっぱい糠味噌とカブの漬物を持って来てくれた。
 
今回のエクスペディションの成功は、三人のチームワークの良さと、立川さんの体力と若さ。
山田さんのヤブこぎの知識、そして気遣い。
そして、それをまとめ上げたリーダー山田さんの功績だろう。
その夜は、時間も気にせず三人ではしゃぎまくった。

 
翌朝、朝風呂を楽しみ、川向うの温泉神社にお礼参りに行ったり、旅行気分を味わった。

 
朝も、親父さんと女将さんが、2階までしゃべりに来た。
3.11の震災以来、ぱったりと客足が遠のいたことや、春と秋、キノコ採りの客が来て、沢山のキノコを取って行くことなど、二人の話は尽きない。
 
8時、親父さんと女将さんに見送られ、旅館を後にした。
ローカルな道を「盛岡」に向かう。途中、朝食を取れる所を探したがなく、「盛岡駅」まで車を走らせる。
駅ビルで、土産物を買い、10時を待ち切れず、目星を付けていたジャジャ麺屋に開店前にもかかわらず入れてもらう。
インスタントは食べたこともあるが、ちゃんとした食べ方は知らず、かわいい店のお姉さんに教わり、テーブルにあった調味料を端から入れてみた。
やっぱり本場物は美味しかった。なかでも辛味噌とお酢は合う。
最後の〆にチンタンスープを注文する。これも本場ならでは。先に生卵を溶いて、店の人にスープを入れてもらう。薄味なのでジャジャ麺の味噌を追加する。

山田さん、ここでも一人日本酒を注文する。
今朝、一人先に起きた山田さんは、残った日本酒を飲んで、またここでも飲んでいる。
まあ山田さんには、シトロエン 2CV6以外の運転は、させない方が良いので、日本酒も許し、旅行気分で東北道に滑り込む。
 
長い高速道路の運転、山田さんの山話と雑学、うんちくで、退屈なドライブも楽しかった。
山田さんと立川さんは青梅のひと。自分は、東京は東の外れ。そこで「久喜IC」で高速を降り、駅前で一人電車に乗換えさせてもらった。
 
三日間が、長かったような、短かったような。とにかく充実したエクスペディションだった。
駅前で固い握手を交わし、二人と別れた。
 
 
【編集後記】
 
山から帰ってすぐ、山田さんから紀行文が届いた。
そして10日ほどした電話で互いの労をねぎらった時、「このヤブこぎをしたら、
他のヤブは怖くないね。ルートのない山も、俺たちならどこでも登れるね。」
なんて会話があった。
 
 ( ^^) _旦~~
 
Home